掲載日2011/08/19 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年12月、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで初代代表理事を務める。
2008年10月より長崎大学環境科学部准教授、2011年4月より長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科環境科学領域准教授。学術博士(観光地理学・地域づくり論)、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長、かごしま環境未来館講座講師。主著に『観光とまちづくり―地域を活かす新しい視点―』(2010年、古今書院)、『鹿児島の史と景を歩く-街めぐり14コース-』(2004年、南方新社)。
鹿児島は、多くの食材にあふれています。基幹産業である農畜産業に代表される海の幸・山の幸に飽きることがありません。最近では、観光土産品としてさまざまな和洋菓子もしられるようになってきました。ところが、本コーナー第20回で触れたように、カステラが鹿児島の歴史ある銘菓の一つであることは意外に知られていないなど、まだまだ鹿児島のお菓子事情の歩みには面白い歴史が隠されているのではないでしょうか。
今回は、鹿児島の銘菓のルーツをたどってみましょう。
▼素朴な味が人気の鹿児島を代表するお菓子「かるかん」
▼現在の「かるかん」は四角い型に流し込んで蒸した物から一口サイズの物、餡入りとバリエーションが豊富である

原料に米粉と砂糖、自然薯を用いて、水を加えて蒸すと、かるかんのできあがりです。素朴な甘味が鹿児島で古くから好まれてきました。
かるかんの由来は諸説ありますが、これまでの研究で、奄美の黒糖生産が軌道に乗る正徳年間(1711~1716年)あたりから作られるようになったというのが、もっとも有力とされています。また、ハレの日に鶴丸城で提供された献立を記録した『寛文七年 御献立留 石原氏』という史料に、「正徳六年、…御間くわし 一、かるかん、一、やうかん、一、おほろちんちう」の文字がみえます。正徳六年は1716年ですから、ちょうど八代将軍徳川吉宗の治世が始まる年になります。この頃のかるかんは、食間のお菓子として出されていたことがわかります。ちなみに、「おほろちんちう」とは、蒸しあがってすぐに表面の皮をとった「おぼろ饅頭」のことです。
江戸時代の卓袱(しっぽく)料理書『割烹余録』の中に、薩摩候が饗応した料理として、豚の角煮や「羹」(カルカンと読みがなが付けられています)の名が登場します。大陸に近く、琉球王国をとおして中国との文化交流がさかんであったことを示す記述で、かるかんは大陸に由来する一面もあると考えられています。
安政元(1854)年、11代藩主・島津斉彬は、播州明石出身で、江戸で菓子屋を営んでいた八島六兵衛を薩摩に招きます。彼は、かるかんを現在私たちが口にする銘菓に育てあげたといえます。
▼鹿児島の家庭でよくおやつで作られていた「ふくれ菓子」。黒糖蒸しパンといったところ
▼「げたんは」。人気の郷土菓子のひとつ。鹿児島出身ならCMのフレーズをきっと唄える
▼端午の節句などにいただく柏の葉のかわりに鹿児島ではサルトリイバラの葉に包む「かからんだんご」

鹿児島のお菓子は、どちらかというと質素で、素材の味を楽しめるものが多いのではないでしょうか。小麦粉や黒糖・重曹を加えて蒸しふくらむので「ふくれ菓子」、ふくれ菓子と原料は同じですが蒸すのではなく焼いて形を台形に切りそろえ黒蜜をかけた「げたんは」(下駄の歯=下駄の接地部分の突起に形が似ていることから)、端午の節句のときに好んで食べる、ヨモギ餅を黒あんで包み、かからんの葉(サルトリイバラなどの葉をさします)で包んだ草餅の一種「かからんだんご」など、飾らない呼び名のお菓子が多いのも、大きな特徴です。これらは、いずれも家庭で受け継がれてきた味として知られています。
鹿児島の銘菓として知られるかるかんをはじめ、最近はバラエティに富んできました。一方で、昔と変わらない庶民の味は、素朴でありながら地元で長年親しまれて今日に伝わっているものです。さまざまな銘菓を、ぜひ鹿児島の地で味わってみませんか。
〔参考文献〕大山重信・花園冬子(1987):「かるかんの起源について」『鹿児島県立短期大学紀要』38号,pp.5-14.
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