掲載日2009/10/14 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
鹿児島にわく温泉の特徴は、泉質の豊富さにある。私たちは、泉質のちがいを湯の色で知ることができる。たとえば、白濁色は活火山の近くに多く硫黄分を多くふくみ、黒灰色は泥炭層をとおって湧出しているところにみられる。つまり、温泉が地表に到達する過程で、地下にある地層にある岩石の成分が溶け出していくのであり、地下の地層が複雑に多くの岩石から成り立っていたらそれだけ泉質もバラエティに富むことになる。
一方、「地層が複雑な構成をしている」ことは、地殻変動が活発な証拠でもある。当然、そのなかには断層も形成されている。断層ときくと、あたかも大地震を引き起こす厄介な存在というイメージをもたれるかもしれない。しかし、断層でできる地面のわずかな隙間は、地下から自然湧出する温泉の通り道にもなる。
前回の金のお話と同じく、鹿児島の自然はときには私たちに厳しさをみせるものの、多くは恵みをもたらしてくれる存在であることを改めて強調したい。
今回は、本連載の温泉シリーズ3回目として、江戸時代からにぎわっていた栄之尾温泉をご紹介する。
▼栄之尾温泉近くの地獄のようす
この一節は、『三国名勝図会』に記されている。「他邦」とは他藩のことで、江戸時代には厳しい関所の警備を敷いた薩摩藩にあって、領内外の人びとに広く知られた温泉地だったことがわかる。延享元(1774)年に発見されたとされ、有馬温泉(神戸市)・道後温泉(松山市)・城崎温泉(兵庫県豊岡市)とならぶ名湯として知られた。
名勝図会には、すぐ近くの硫黄谷温泉と比べて記述されている。これによると、ここは硫黄をよくふくむものの、硫黄谷温泉よりは泉質がやわらかく、湯治に適していたという。藩主の行館も置かれ、とくに文久元(1861)年には島津斉彬の養子で、弟である久光の実子である12代藩主島津忠義の避暑地となった。「硫黄谷、栄之尾等の温泉は、本藩の人皆通じて、霧島の温泉」とよばれ、次第に霧島山系各所にある温泉地もにぎわっていったものと考えられる。『三国名勝図会』には併せて泉質のみならず、春は花や鶯のさえずりを樽酒とともに愛で、秋は紅葉を楽しむといった自然の美しさや、湯瀑浴池(打たせ湯)が人気であることが記されている。
▼霧島いわさきホテル入口に栄之尾温泉入口の案内板がある
栄之尾温泉は、大河ドラマ『篤姫』放送を契機に、小松帯刀が妻・お近とその父の清穆(きよあつ)とともに訪れた温泉地としても知られるようになった。安政3年4月23日の『小松帯刀日記』に「栄之尾迠大鐘時分着直ニ入湯ナリ」とあり、以降12日間の滞在のあったことがみてとれる。安政3年とは1856年のことで、坂本龍馬が日本初の新婚旅行といわれる夫婦のみの旅で霧島温泉郷のひとつ、塩浸温泉を訪れた慶応2(1866)年より10年早い。帯刀の場合、義父が同行しているのでこれを新婚旅行と呼んでよいかどうか議論の余地があるものの、私たちに浪漫をもたらしてくれる。
江戸時代の霧島連山は、1716年の新燃岳の享保噴火や1706年の高千穂峰御鉢の宝永噴火などいまよりも活発な活動を繰り返しており、温泉へは悪路であったという。近代に入り、大正3(1914)年に牧園駅(現・JR日豊本線霧島温泉駅)から霧島温泉までの道路が整備され、昭和初期には林田熊一により旅館と道路整備がすすみ、近代的な一大保養地としていまでもその賑わいは続いている。
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