鹿児島へいらっしゃ~い!鹿児島の地理・歴史をたずねる鹿児島フリーク「NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会」が語る、こだわりの鹿児島コラムをお楽しみください。おもしろいところがたくさんありますよ。

連載第11回 温泉めぐり(1) ―鰻池―

掲載日2009/04/09 ライター:深見聡(ふかみさとし)

1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。

2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。

鹿児島には、県内いたるところに温泉がある。鹿児島市内の銭湯は、一部を除きほとんどが温泉である。また、指宿や霧島など、全国に名の知れた温泉観光地も多い。

このシリーズでは、地域の人びとに愛されてきた、隠れた「名湯」に残る歴史や文化を紹介していく。今回は、谷口牧場のすぐ近くにある鰻池を訪ねてみた。

▼生活に密着した蒸し器「スメ」

生活に密着した蒸し器「スメ」

鰻池の誕生と名まえの由来

薩摩半島南東部は、開聞岳や池田湖、山川港やここ鰻池など、活火山が密集している。噴煙をあげるといった状態ではないが、砂蒸し温泉や地熱発電所があることから、地下にはエネルギーが多く供給されていることがわかる。鰻池の誕生は、池田湖と同じく約5,500年前で、マグマ水蒸気爆発によって爆裂火口(マール)が形成され、それが火口湖となったのである。

『三国名勝図会』は、10代藩主・島津斉興が五代友厚の父・秀堯らに編纂を命じ、1843(天保13)年にまとめられた地誌書である。薩摩藩領内の寺社・史跡・景勝・物産などを挿絵つきで詳述しており、江戸末期の鹿児島の姿を知ることのできる第一級の史料である。そこには、鰻池の名の由来についてつぎのような伝承にもとづくと記されている(本文を現代語に直した)。

「昔、この池から水を引いて、水田をつくろうとし(池を囲む山々のうち標高の)低いところを開削した。すると、大鰻がその水路に横たわってふさいだ。そのため、地元の人たちはここの鰻を捕ることを禁止している。」

現在では、名字が鰻というお宅もある。また、集落のいたるところに「スメ」(巣目)とよばれる天然蒸気を用いた蒸し器があり、さつま芋や卵など素朴な美味を生み出してくれる。名勝図会にも、「甘藷を嚢に盛りて、其内に浸せば、半時に満たずして能熟すること、鍋釜に煮るよりも、猶速なり」のくだりがある。また、疝積(胃腸障害)や湿瘡(かいせん)に効能があり、鹿児島城下から足を運ぶ人も多かったようだ。

▼鰻池に向かう道沿いは桜の小名所でもある

鰻池に向かう道沿いは桜の小名所でもある

西郷さんの訪れた鰻温泉

西郷隆盛が入湯したとされる温泉地は、日当山・栗野岳・川内高城・吹上など県内本土各所にある。そのうちの一つが、ここ鰻温泉である。硫化水素泉と単純泉の2種類の泉質があり、狩猟を趣味としていた西郷の身も心も癒されたことだろう。

1873(明治6)年、いわゆる征韓論の政変で敗れた西郷は、参議・陸軍大将・近衛都督を辞し、鹿児島へと帰郷した。「武村の吉」と自らを称し、まさに晴耕雨読の日々を送っていた。

しかし、西郷ほどの人物を旧知の同志が放置しておくはずもない。1874年2月、佐賀の乱が勃発した。首謀者は征韓論で同じく参議・初代司法卿の職を去っていた江藤新平である。彼は結束して蜂起をよびかけるために、ひそかに佐賀を脱出し、湯治中の西郷と面会するべく鰻温泉まで足を運んでいる。結局、西郷は同調せず、高知に向かう江藤を見送ったのがまさにこの地なのである。このようすは、1990年放送の大河ドラマ『翔ぶが如く』ではともに二人が湯船に浸かり、静かに互いが語り合うシーンとして描かれている。

鰻集落では、その名のとおり明治末期から鰻の養殖業が始まり、1996年まで続いた。九州一の大きさを誇り、「イッシー」でも有名な池田湖とは対照的に、池畔からの眺望をひとり占めすることもできる隠れたお勧めの地である。

【MAP】鰻池
(Yahoo地図にて場所がご確認いただけます)
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