掲載日2009/03/09 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
NHK大河ドラマ『篤姫』では、鹿児島城下のようすがセットをはじめ、CGによる遠景が何度も画面に登場した。
今回は、大河ドラマ『篤姫』に登場した鹿児島城下の景観のうち、いまもその面影をとどめるスポットを2か所ご紹介する。
▼「篤姫」ロケにも使用された西田橋
江戸末期、五つの石橋が甲突川に架けられ五大石橋の名で親しまれた。肥後の石工・岩永三五郎を招き、河道の付替え工事にともなう治水の目的も果たす。2000年、玉江橋・西田橋・高麗橋が移設復元され新たな都市公園が誕生した。
西田橋は、参勤交代路にあたることから他の橋にはない楼門が設けられていた。写真奥にみえるものは、石橋記念公園移設時に復元されたものである。甲突川の改修の際に木造から石橋へ1846(弘化3)年に架け替えられた。丸柱や二重アーチに見える等の技法を駆使した姿は、三五郎の造った石橋の中でも最高傑作といわれる。
また、この地は、島津本家を支える御一門家(今和泉・重富・加治木・垂水島津家)のうち、重富と今和泉両家の下屋敷があった。1847(弘化4)年、今和泉本邸前には10代藩主・斉興により砲術館が設けられたため、その喧騒を避けるため、篤姫も幼少のころ下屋敷で過ごすことも多かったといわれる。『天保城下絵図』をみると、今の石橋公園の南に隣接して、歌舞伎を演じた芝居小屋や弁財天廟がある鹿児島港の賑わう様子が伝わってくる。十代半ばの篤姫も観劇や参詣に繰り出していたと考えられる。
1863(文久3)年に薩英戦争が起こると、稲荷川左岸河口に祇園之洲砲台が置かれ、戦いの前線地となった。その様子を克明に伝える『英艦入港戦争図』(薩英戦争絵巻)は、藩の御用絵師・柳田龍雪により、今和泉島津家下屋敷で描かれた。
大河ドラマ『篤姫』で西田橋はロケ地の一つとなり、篤姫ゆかりの憩いの空間としても知られるようになった。石橋記念館は入館料無料で、五大石橋に関する資料のほか、『篤姫』ロケにまつわる展示品も充実している。
▼島津久光像の前に残る探勝園の苑池と石橋
11代藩主・島津斉彬を祭る照国神社境内の北隣に、探勝園がある。もともとここは鶴丸城二の丸庭園があったところで(本丸跡には、県歴史資料センター黎明館がある)、城山の傾斜地を利用した滝石組みや池を配置し名園といわれた。斉彬は、この地を日本初の電信使用の実験場に選んだ。
彼は、この連載の第9回でも紹介したように、西洋技術を積極的に取り入れた。軍艦や大砲の製造、薩摩切子や白薩摩焼の工芸品化を推進し、磯の集成館事業にとどまらず、鶴丸城では自ら写真の撮影に挑戦し、彼自身の肖像写真は、現存する日本最古の銀板写真として知られる(尚古集成館蔵)。近代化への貪欲な先取の気鋭は、1857(安政4)年、鶴丸城本丸と探勝園の約600m間で、モールス信号による交信をも成功に導いたのである。
現在、二の丸庭園の面影は池泉や石畳の階段に残されている。その一角に、「電信使用ノ地」と刻まれた柱状の石碑がひっそりと建っている。園内には、1917年に建立され、いずれも戦時中の金属供出を免れた斉彬と弟の久光、最後の藩主となった忠義の三公の銅像がある。城山を背にし、鹿児島市街地を見守るがごとくの威容を感じさせる。
篤姫は、鶴丸城で1853(嘉永6)年6月5日から8月21日までの約2か月間を過ごした。江戸に出立する前の慌しいひと時を、城内の庭園を愛でながら過ごしていたと考えられる。
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