掲載日2009/02/10 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
NHK大河ドラマ『篤姫』の放送が終了し1か月たった。しかし、今でも篤姫や小松帯刀への注目は高い。先日、出張で東京に行った際に立ち寄った、渋谷郵便局近くの書店では、ドラマ時代考証を務めた原口泉先生の著書『龍馬を超えた男 小松帯刀』と『維新の系譜-家に、国に、命を尽くした薩摩藩・三人の功臣たち-』(ともに2008年、グラフ社刊)が目立つ一角に横積みで売られていた。このことからもわかるように、まさに『篤姫』は、時代を生き抜いた先人の人となりに自らを重ねてこれからを生きていこうという思いを見事にとらえたといえる。
今回は、大河ドラマ『篤姫』に登場した人物のうち、篤姫の養父・島津斉彬に焦点を当ててみたい。奇しくも今年は斉彬生誕200年にあたる。斉彬が夢みた未来とは何だったのか、近代化事業の足跡から探ってみよう。
▼島津家の別邸・仙巌園に隣接して近代化工場群が誕生した磯地区
島津斉彬は、好んで「思い邪(よこしま)無し」を書した。ドラマの中では、今和泉島津家屋敷の正面玄関に掲げてあった額書の3文字に使われていた。1851(嘉永4)年、老中・阿部正弘の後押しにより11代藩主の座に就いた斉彬は、久光を推した重職を罷免せず、能力のある者は下級武士であっても積極的に登用した。このとき、斉彬は、薩摩藩内の政争を断ち切ることで、江戸幕府を雄藩連合が支えることで外国に対峙する力を持てるような未来を描いていた。せまい利害を超えた国のあり方を見据える心が、「思無邪」のなかに込められているようである。
1858(安政5)年に急逝するまで、軍事をはじめ工芸・パンや洋酒といった食料品まで幅広く近代化事業を推進した。また、工業用アルコールの原料を米からさつま芋に転換し大量製造への緒を開いた。これがいま鹿児島の代名詞ともなっている芋焼酎づくりの始まりである。
その後、薩英戦争で焼失するが、異母弟・久光が兄の遺志を継いで再興し、1864(元治元)年に石造の機械工場が操業を開始した。これが、現在の尚古集成館本館にあたる。
異人館は、日本初の洋式紡績工場である鹿児島紡績所(操業期間:1867~1897年)の英国人技師7名の宿舎として1867(慶応3)年に建てられた。同紡績所の技術を全国に広めようと考えた忠義は、ここから機械の一部を泉州堺に送り、1870年に堺紡績所を設立している(ユニチカの前身)。
平成20年9月、文化庁は集成館をはじめとする「九州・山口の近代化産業遺産群」を、非西洋地域における近代化先駆けの地として、世界遺産暫定リストに含めることを決定した。
▼薩英戦争の火蓋をきった天保山砲台跡。台座の石組みが現存している
天保山は、その名のとおり19世紀中頃の天保年間に、甲突川の浚渫で誕生した。ちょうど鹿児島城下の南端で錦江湾につき出た地形となったため、城下の守りを海から固める上で、もっとも早く敵艦と対峙する要塞と位置づけられた。1853(嘉永6)年、島津斉彬により11門の大砲を備えた天保山砲台が置かれ、藩の軍事演習の場(御陣屋)に。奇しくも、1858年、炎天下のなか陣頭指揮をとった斉彬最後の勇姿の地となった。
1862(文久2)年、兄・斉彬の幕政改革への遺志を、久光は一橋慶喜の将軍後見職、松平春嶽の政事総裁職への就任という形で成功させた。江戸を発った彼の行列は、生麦で行列に乗り入れた英国人を殺傷した。その賠償をめぐる交渉が決裂し、翌年の旧暦7月2日正午、天保山砲台が火蓋をきり薩英戦争の開戦となるのである。
小坂通り付近の城下町一帯と、集成館の工場群を焼失するなど被害を受けながら、薩摩藩も旧式砲台ながら善戦。その後、薩摩は攘夷から英国との和解へ政策を転換し、一気に薩長同盟をへて討幕の主導権を握る。
今も砲台の台座の一部が残るほか、付近は松林の残る都市公園となり、その一角に、斉彬の近代化事業を推進する財政的基盤を築くことになった家老・調所広郷の像もある。
斉彬の夢は、弟・久光が受け継がれた。そして、辺境の地・薩摩は、むしろ外国との近さからいち早く西洋列強と対峙する必要性を感じる近代化先駆けの地となったのである。
当時の本家と分家の関係から考えれば、篤姫が、藩主・斉彬の命として養女となることに選択の余地はなかった。しかし、公式記録としての史料に残されていない両者の関係はどんなものだったのか。斉彬という人物のもつ魅力は西郷がもっとも心酔したといえようが、改めて生誕200年の機会に、「天下に比類なき名君」の素顔に迫るのも面白そうだ。
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