掲載日2008/12/10 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
NHK大河ドラマ「篤姫」の原作となった、宮尾登美子『天璋院篤姫』には実は小松帯刀は登場してこない。また、天璋院と帯刀とが直接かかわりがあったことを示す史料も今のところ発見されていない。しかし、ドラマでは準主役として登場し、実際にも大政奉還や江戸城無血開城、版籍奉還など幕末・維新期の要所で大きな足跡を残した。
時代考証を務めた鹿児島大学教授の原口泉先生は、「1835(天保6)年は、少なくともこの時期の鹿児島を理解するにはとても重要な年」と述べている。薩摩では、天璋院篤姫・五代友厚(大阪商法会議所初代会頭)・松方正義(総理大臣)・三島通庸(東北開拓の父)が、同じく土佐では坂本龍馬が誕生した年なのである。今回の主人公・小松帯刀も同年の志士であった。
今回は、帯刀の足跡を鹿児島にたどってみたい。
▼小松家老屋敷跡に建つ帯刀像
宝山ホール(県文化センター)の敷地に、1993年に建てられた小松帯刀像がある。維新の三傑に数えられた西郷・大久保の像がそれぞれ1937年(没後50年記念事業)、1978年(没後百年記念事業)に建てられたのにくらべると、近年になって改めて顕彰がすすむ人物であることがわかる。いつしか彼は「幻の宰相」と呼ばれるようになった証左である。
1835(天保6)年、喜入領主・肝付兼善の三男として生まれ、名は尚五郎といった。肝付家は、藩政時代は一所持とよばれる上級武士の家格であったが、下級武士であった西郷や大久保らとの交流を好んでおこなっていた。
1856(安政3)年、11代藩主・島津斉彬により吉利領主の小松家に入り、小松帯刀清廉と名を改めた。斉彬の死後も、藩政の実権を握った斉彬の弟・久光にも重用され、1961(文久元)年には側役、翌年には家老職に就いた。薩英戦争では英国との戦後処理に手腕を発揮し、薩長同盟では桂小五郎(のちの木戸孝允)と西郷が会談するために奔走したものが、坂本龍馬と進行のあった帯刀であった。同盟が結ばれたのも京都の小松屋敷であり、亀山社中の始業にあたり長崎で手を貸したのも彼の大きな業績といえる。
1866(慶応2)年、帯刀は京都伏見の寺田屋で襲撃された龍馬を薩摩藩邸にかくまい、そのまま鹿児島に同行させて霧島で湯治を勧めた。塩浸温泉や栄之尾温泉で、龍馬と妻・おりょうは約1か月鹿児島に滞在し、これが後に日本で初めての新婚旅行とよばれるようになった。
帯刀の像は、そんな激動の時代を駆け抜けた彼の生き様を象徴する場面を描写したものである。1867(慶応3)年、最後の将軍・徳川慶喜が諸大名を集め、大政奉還すべきか意見を求めた。そのとき、京都二条城に薩摩藩城代家老として出席し、真っ先にその必要性を述べ記帳する姿が、没後120年余りを経て現代によみがえったのだ。
▼小松屋敷跡から出土した江戸後期の水道石管
像が建つ敷地一帯は、かつて帯刀の家老屋敷があったところで、奇しくも同じく維新の立役者・西郷隆盛の像と向かい合うようにしている。また、財団法人鹿児島県林業会館の敷地は、彼の下屋敷にあたり、会館改築の際に出土した水道石管が玄関横に置かれている。天保年間に、10代藩主・斉興によって城山・冷水の水源地から敷かれた水道施設の名残といわれている。
ここのほかにも、城下の郊外に位置する原良にも別邸があった。こちらには龍馬夫妻も滞在し、現在は石垣や手水鉢などが往時の面影をしのばせる。晩年、脚の痛みに悩まされた帯刀が療養した地でもある。糖尿病や脚気の説があるが、詳細はわからない。ままならない体調の悪化に抗しておこなった最後の大仕事が、1869(明治2)年の版籍奉還の画策である。吉利の領地を藩に返還し、薩摩藩は明治天皇に版籍を返上、他藩も追従した。外国官副知事や玄番頭をはじめ、おもに外交の要職を歴任し将来を嘱望されていた。実際、大政奉還前に龍馬により出された新政府構想では、筆頭に挙げられるほどの能力と人望があった。
1870(明治3)年、大坂で死去。1876(明治9)年に小松家の菩提寺であった園林寺跡に改葬され、その隣に夫人・お近が眠る。その墓所内には、お近の計らいで帯刀を京都で支えた芸者・琴子の墓もここに移されている。
一躍脚光を浴びることになった帯刀の心境はいかばかりであろうか。そのような思いをめぐらせながら、帯刀の像を訪ねてみるのもおもしろい。
次回は、大河ドラマ『篤姫』に登場した人物たちの維新後のようすや、意外なエピソードを鹿児島のまちに探ります。
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