掲載日2008/11/11 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
NHK大河ドラマ「篤姫」の放送も、あと5回となった。第40回(11月9日)放送では、大政奉還後、天璋院へ混乱する徳川幕府を離れ、薩摩に戻るよう促す書状に頑として大奥を守る決意を表明する姿が印象的だった。このような天璋院のシーンで背後に掛かる掛け軸は、島津斉彬が持たせたという桜島を描いたもので、終生これを大切にしていたと伝わる。
その天璋院篤姫の生まれ育ったまち・鹿児島には、彼女の原風景ともいえる場所がいくつも残っている。ドラマのシーンを浮かべながら、ゆかりの地を歩くのも楽しい。
今回は、篤姫が訪れた考えられる2つのスポットをご紹介しよう。
篤姫の生まれた今和泉島津家本邸は、現在の鹿児島市立大竜小学校一帯にあった。本連載第4回で取り上げたこの地は、現在は石塀のみが往時の面影をとどめている。ここから、歩いて5分もかからない山手側に、市立鹿児島玉龍中学・高校がある。この校名は、かつてここにあった玉龍山福昌寺があったことに由来する。校舎裏にすすむと、島津家歴代当主の墓所であることを伝える、高さ3mはあろうかという大きな石灯籠が林立している。
福昌寺は、1394(応永元)年に石屋真梁和尚により開山、7代当主・島津元久が代々島津家の菩提寺とされた。総持寺の末寺であったが、南九州全体の僧侶を監督する僧録所および勅額所として、つねに1,500人を超える修行僧がいたという。また、西日本各地に末寺をもち、山口市にある国宝・瑠璃光寺もそのひとつであった。ザビエルが福昌寺でキリスト教の布教活動をしたときに交友した忍室和尚、西郷・大久保が城山にあった誓光寺の座禅石で若き日に精神修養する道を開いた無参和尚など、歴史の舞台に登場する名刹であった。
実のところ、篤姫が参拝したという記録は残っていない。鶴丸城に入るまで分家の一姫君であったため薩摩でどのような生活を送っていたのかは推し量るより他はない。ただ、実父の島津忠剛は、26代当主・斉宣の子である。また、本家との結びつきが強い御一門家(今和泉・加治木・垂水・重富)のひとつに数えられる立場であったことを考えると、父に連れられた篤姫がまだ「於一」と名乗っていた頃に参詣した可能性は高いといえる。
明治初年の廃仏毀釈で廃寺となったが、墓所は往時のまま残った。石垣や石段、蘇鉄や杉・楠木が鬱蒼と繁る雰囲気を、篤姫も感じとっていたに違いない。
▼鹿児島湾にせりだす琉球人松
祇園の洲から磯浜に向かって磯街道をすすむと、海岸にせり出すように2本の松がある。ここは、いまのように海岸の埋め立てがない頃、今和泉島津家浜屋敷のあった現在の石橋記念公園付近から、臨むことができたと考えられる。
江戸時代を通して、薩摩藩は琉球王国を支配下におき、現在の市立長田中付近に琉球館を設け、琉球からの使者が在勤していた。当時、砂糖の生産や中国から伝わる外交情報の入手などを通して、両国は密接な関係を築いていた。その琉球船が鹿児島港に舵を切るときに目印とした、いわば灯台の役割を果たしたのがこの琉球人松である。
また、近世城下町鹿児島の風物詩だった錦江湾から眺める磯街道沿いの桜を、琉球の人びともこの松の下に花見舟を繋ぎ楽しみ、心ゆくまで歌や踊りを続けたという。
残念ながら、戦後、松食い虫により枯れてしまった。1953年、やむを得ず切り倒した際に年輪を数えたところ、樹齢140年ほどであることが判明した。篤姫は1835年生まれだから、樹齢数十年の姿を目にしていたことになる。
次回は、篤姫と同じ年に生まれ、西郷・大久保にならぶ活躍をした小松帯刀の歩みを中心に、鹿児島城下に残る足跡をたどります。
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