鹿児島へいらっしゃ~い!鹿児島の地理・歴史をたずねる鹿児島フリーク「NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会」が語る、こだわりの鹿児島コラムをお楽しみください。おもしろいところがたくさんありますよ。

連載第5回 篤姫探訪(2) ―篤姫の好んだ食べもの―

掲載日2008/10/10 ライター:深見聡(ふかみさとし)

1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。

2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。

NHK大河ドラマ「篤姫」の視聴率が好調だ。第40回(10月5日)放送は、28.1%(関東地区)を記録し、2000年以降の大河での最高を記録した。原作『天璋院篤姫』は、1984年に講談社より刊行された。作者の宮尾登美子さんは、雑誌インタビューのなかで、当時は今回ほど反響の広がりはなく、今の時代に篤姫の生き方に共感の集まる変化があったのではと述べていた。

その篤姫の生まれ育ったまち・鹿児島には、そのヒントが隠されているかもしれない。そんなことを考えながらゆかりの地を歩くのも楽しい。

今回は、篤姫の好んだ食べものについてご紹介しよう。

▼今も薬草木が多く残る佐多旧薬園

今も薬草木が多く残る佐多旧薬園

赤味噌・高菜の漬物

「御国之御赤味噌先達御廻しの払底ニ相成よりニて…(中略)、外のハとかく御手附せられす候まま…」。

これは、江戸城大奥から江戸薩摩藩邸の奥老女・小ノ島に宛てられた書状の一部で、現代語風にすれば「故郷の赤味噌をこの前も分けていただいたのですが、(底をついてしまって)他県産の味噌を使うと、どうも手をつけて下さらない。」と読める。

西日本と東日本では、しょうゆや味噌、だしの味は今でも異なっているのに気づき面食らうことも多い。とくに鹿児島のしょうゆは甘味が強く、逆にわれわれが東日本に行くと、しょうゆや饂飩のだしの辛さに驚かされる。篤姫の好んだ赤味噌の詳細は不明だが、ふるさとの味はやはり忘れがたいものなのである。

ところで、鹿児島でラーメンなど麺どころの暖簾をくぐると、きまって高菜の漬物がテーブルごとに置かれている。高菜は、アブラナ科の一種で、とくに西日本でひろく庶民の味として栽培されている。篤姫は、こちらも好物と見えて、高輪にあった薩摩藩邸で漬けた高菜を所望していたことがわかる史料も残っている。

▼篤姫の養父・28代島津斉彬の墓(福昌寺跡=鹿児島市池之上町=)

篤姫の養父・28代島津斉彬の墓(福昌寺跡=鹿児島市池之上町=)

ライチ・びわ

『斉彬公史料』に、薩摩藩が運営した薬園で栽培されていたライチ(レイシ)をはちみつ漬けにして篤姫に贈られた記録がある。

「蜂蜜ニ浸漬シ、京都・江戸ニ送致セリ、京都ニ於テハ近衛家其他高貴ノ御方ヘモ御内献アリタリト、或ハ幕府ヘ献上、或ハ御懇交ノ大小名ニ御贈進ニナリタリトソ、如斯ノコト連年ナリキ、…(中略) 天璋院様御入輿後ハ、殊ニ数壜献上セラルルコトトナリタルニ依リ、両所共培養手入一層注意シ… 」。

これは要約すると、ライチはもともと温暖な薩摩の地で栽培できる珍重品で各地に献上されていたが、篤姫が徳川将軍家に嫁いでからは、産地の山川・佐多の薬園の手入れにより力を入れたとなる。この薬園は、漢方薬製造のため藩が開設したもので、本土最南端の佐多岬で有名な、南大隅町伊座敷に「佐多旧薬園跡」として公園整備され、リュウガン(竜眼)などが今も生育している。とくに、篤姫の養父・島津斉彬が殖産興業に力を入れ、1853(嘉永6)年には直接この地を視察に訪れている。

また、篤姫はびわも好んで食していた。寛永寺にある墓の傍らに、びわの木が植えられているのは、その証しなのである。

次回は、篤姫が参詣したと思われる西日本一の名刹といわれた福昌寺と、今和泉島津家浜屋敷などのようすを中心に、鹿児島城下に残る足跡をたどります。

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