鹿児島へいらっしゃ~い!鹿児島の地理・歴史をたずねる鹿児島フリーク「NPO法人まちづくり地域フォーラム・かごしま探検の会」が語る、こだわりの鹿児島コラムをお楽しみください。おもしろいところがたくさんありますよ。

連載第2回 鹿児島市街の近代化遺産(1) -現役の建物編-

掲載日2008/07/17 ライター:深見聡(ふかみさとし)

1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。

2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。

鹿児島市は、11代藩主・島津斉彬による集成館事業に代表される近代化の歴史の宝庫を標榜する。一方で、薩英戦争・西南戦争・太平洋戦争と三度の戦禍に遭い、とくに1945年の空襲で市街地の90%以上を焼失した。しかし、力強く復興をとげた街なかに、戦火をくぐりぬけ今も現役で活躍するものもある。

鹿児島市街の近代化遺産の第1回目の今回は、今も現役で活躍する建物をみてみよう。

▼国会議事堂に似た外観の鹿児島市役所本庁舎

国会議事堂に似た外観の鹿児島市役所本庁舎

市役所もお勧めの見学スポット!

いまの国会議事堂は1936年築で、その設計に携わったのは、大蔵省営繕管財局の技師たちである。彼らは、議事堂完成後、全国各地の公共施設の設計を手がけていく。その1つが、鹿児島市役所本庁舎である。1937年に竣工。当時の岩元 禧 市長は、敷地と道路との間に段差を設けないように指示したり、外壁タイルや植樹にいたるまで注文をつけたりした。彼は、夏休みに子どもはのびのび過ごすべきだとして、宿題全廃を市内学校に言い渡すなど、ユニークな発想の持ち主でもあった。

館内には、市会議場が当時のまま残り、現在は講堂として利用している。火事の発生地点をいち早く知るために、塔屋には消防関係者が詰めていた。現在は高層建築物に囲まれ、遠方まで望むべくもない。

幕末この地には藩の米蔵・金蔵が置かれていた。西南戦争の末期には政府軍の屯営地となり、山県有朋が薩軍への最後の総攻撃指令を出した。本館の敷地裏手に「明治十年戦役官軍屯営地跡」の碑がひっそりと建っている。

▼旧鹿児島二中(現県立甲南高校)校舎

旧鹿児島二中(現県立甲南高校)校舎

今も賑わう学び舎-鹿児島二中・鹿児島一高女校舎―

鹿児島二中(現県立甲南高校)は三上昇、鹿児島一高女(現県立鹿児島中央高校)は岩下松雄の設計による。(両氏とも県技師)。

二中の3階建て新校舎は、1930年に竣工した。当時の鉄筋コンクリート造りの学校建築の規範となった。1945年に米軍の兵舎となったが、翌年にふたたび校舎に復帰した。1949年、新制の甲南高校となり現在に受け継がれている。

一高女の3階建て新校舎は、1935年に竣工し、同年、昭和天皇の鹿児島行幸のときに御座所として使われた。アーチ窓が特徴的である。また、ロの字型の校舎は、女学校にプールを設けるにあたって好ましい方法とされた。1963年、一中・一高女が母体となり誕生した鶴丸高校が郊外に移転し、新設の鹿児島中央高校校舎となった。

【訂正とお詫び】

鹿児島二中の設計者が岩下松雄氏となっておりました。

読者様から三上昇氏とのご指摘をいただき、2008年10月24日訂正しお詫びさせていただきます。

市役所も学校校舎も、話だけだと何となくお堅いイメージがある。しかし、そこには先人たちが重ねてきた歩みや、まちの歴史が刻み込まれており、まさに生きた歴史遺産といえる。

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