掲載日2010/08/11 ライター:深見聡(ふかみさとし)
1975年、鹿児島市生まれ。2001年、NPO法人かごしま探検の会を設立し、2008年9月まで代表理事を務める。
2008年10月より、長崎大学環境科学部准教授。かごしま環境未来館などの市民講座の講師、長崎県美しいまちづくり審議会委員などを務める。鹿児島シティFMで毎週木曜18時過ぎからの番組内コーナー「鹿児島時空探訪」レギュラーゲスト。NPO法人かごしまライブカメラネットワーク副理事長。学術博士(観光学・人文地理学)。
大河ドラマ『龍馬伝』が佳境に入ってきました。薩長同盟の成立に奔走する坂本龍馬の姿が、生き生きと描かれていますが、では、鹿児島には何回足を運んだことがあるのでしょうか。初めは1862(文久2)年、土佐藩を脱藩し薩摩に向かうも、出水の野間の関で通行を拒否されるという苦いものでした。その3年後の1865(慶応元)年5月、小松帯刀や西郷吉之助らの計らいで、閉鎖された幕府海軍塾の塾生らと訪れます。その結果、龍馬と帯刀は昵懇(じっこん)の仲となり、薩摩藩の後押しで亀山社中が成立します。
最後が、今回取り上げる、妻・お龍との日本初とされる新婚旅行(1866年)になります。霧島で26日間をふくめ鹿児島で約3か月を過ごしたこの旅のようすは、『龍馬伝』第38話(9月19日放送予定)で霧島ロケを交えて描かれます。ここでは一足先に、龍馬たちの旅程を訪ねてみましょう。
▼龍馬・お龍が登った霧島(右手の山:高千穂峰)
▼塩浸温泉龍馬公園 (2010年5月1日に再整備)
▼龍馬夫妻も滞在した小松帯刀邸跡
1866年旧暦3月10日(新暦では4月24日)、蒸気船で鹿児島港に到着。そこから船で隼人町の浜の市港に向かい、日当山温泉に入ったあと、17日に塩浸温泉で12日間にわたる滞在を楽しみます。28日には、栄之尾温泉(いまの霧島いわさきホテル)で療養中の帯刀を見舞いました。そのとき、お龍が霧島登山をしたいとせがんだと言います。そこで、弁当のかわりに帯刀が持たせたのが「加須底羅(カステラ)」でした。高千穂峰は霊峰とされ、気軽に飲食することは禁止されていたのです。当時、鹿児島銘菓の1つにカステラのあったことが、天保年間に刊行された『三国名勝図会』にも記されています(本連載第20回をご覧ください)。29日、高千穂登山を果たし、山頂の天の逆鉾を引き抜いたというエピソードは、あまりにも有名です。霧島滞在の期間、「霧島茶」の美味を存分に楽しんだとも言われ、今でも鹿児島県は、霧島市を中心に、全国有数のお茶どころとして知られています。
4月12日に鹿児島城下に戻り、6月2日まで小松帯刀の別邸(鹿児島市原良)や上町(かんまち)に滞在しました。この間、具体的にどのようなものを食べたかの史料は発見されていません。おそらく、地鶏や焼酎、そして黒豚に舌鼓を打ったのではないでしょうか。
▼日本の郵便創設者前島密が表記されているポスト:この場所に薩摩藩の洋学校「開成所」があった
▼西郷隆盛像(鹿児島市立美術館隣)
▼坂本龍馬新婚の旅碑
お龍の回顧録である『千里駒後日譚』(1899年に土陽新聞に連載)には、龍馬が現代にも通じるほど、妻を大切に、そして対等にみていたことが記されています。龍馬はお龍を「お龍さん」と呼び、夫婦喧嘩をしてもみずから手をとり謝ったとも伝わります。日本で初めてブーツを履いたり、亀山社中を日本初の総合総社・海援隊(1867年)に育て上げたりと、目新しいものに魅かれる純粋な性格を物語るエピソードには事欠きません。
新婚旅行での城下滞在中も、あちこち見学・視察に出かけていたようです。4月14日、薩摩藩が開校した開成所を訪れています。ここは、ジョン万次郎や前島密(1円切手の肖像画の人物。日本の郵便創設者。)といった、藩内外の有能な人材が教官に採用され、英語や西洋技術全般、そして海軍に関する教育訓練をおこなっていました。龍馬は、帯刀や吉之助に、海軍創設の必要性を説いたといいます。
鹿児島での滞在を終えた2人は、長崎を経由し、龍馬は下関に向かい、お龍はそのまま長崎の小曽根家に翌年2月まで留まり、琴を習うなどして過ごしました。
日本初の新婚旅行を記念し、1980年に鹿児島市天保山町の一角に「坂本龍馬新婚の旅碑」が建てられ、龍馬とお龍の寄り添う姿がみられます。
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